■『惑わされないように』
「惑わされないように気をつけなさい。
わたしの名を名乗る者が大勢現れ、
『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、
ついて行ってはならない。」 (ルカ21:8)
神の救いは、一つには惑わしからの救いです。最初の人アダムとエバの心は、神を離れるように惑わされました。それ以来、神の恵みによって維持されながらも、人は神のもとに安らうことができません。キリスト・イエスによって救われなければ、どうにもなりません。惑わしは、最後まで続きます。そして、やがて終わります。神の国は惑わしのない所です。
「都は神の栄光に輝いていた。」(黙示録21:1) 「この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。神の栄光が都を照らしており、小羊が都の明かりだからである。」(黙示録21:23)
しかし、今は惑わしのときです。聖書の言葉に、キリスト・イエスの声を聞き続けるとき、惑わしから守られ続けます。「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」(ヨハネ8:31~32) 「あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、魂の牧者であり、監督者である方のところへ戻って来たのです。」(第一ペトロ2:25)
人について行くのではなく、キリストに従います。自分を捨て、日々自分に負わされたものを負って、キリストに従う道を見分け続けます。(ルカ9:23) その道でイエス・キリストを知り、唯一の神を知ることが、永遠の命です。実際、そのときには、どのような人であれ、自分なりに神を知ります。そして、喜びと確信をもって、ますます神を愛して、祈ります。それこそ、神が人に望んでおられることです。(エレミヤ31:34、第一テサロニケ5:16~18) いろいろな人がいろいろなことを語ります。しかし、「人の奴隷となってはいけません。」(第一コリント7:23) 「わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。」